難治性網膜剥離の治療

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第48回東海懇話会講演
「難治性網膜剥離の治療〜視機能回復の可能性と術後の注意」

 医療法人アイケア名古屋元副院長 田中住美先生

 ご紹介ありがとうございます。私は、医者になって26年になりますが、その20年以上をほとんど網膜剥離と、それがこじれた病気の治療のために費やしてきました。

 最近は医療技術が進歩して、網膜剥離は治りやすい病気になったという印象が持たれています。ある意味それは間違いではなく、硝子体手術が進歩したおかげで、確かに色々な病気が治せるようになりました。

 しかし今の医学の場合、これだけ情報が発達しますと、純粋に医学的なことだけでなく、いわゆる経済的な面〜産業の宣伝、企業の利益というようなことが関わってきて、網膜剥離治療の方向性に、若干困ったことが起きてきています。

 今日お話することは、このような治療方法がありますというような、技術面のご紹介もありますが、実は網膜剥離の治療自体、医者側の努力だけでは、今後維持できなくなる部分が出てきます。そこでどうしても患者さんのご協力が必要になってきますので、今日は私の技術の限界などもお話し、患者さんに対するお願いという意味合いが強くなってくると思います。

●診断技術の進歩
  最近の診断技術の進歩、特に網膜剥離関係で一番大きなものは光干渉断層計(OCT)です。病院に行くと「コンピューターを使って、眼の奥の断面を見ましょう」と言われ、この検査を受けた方もいらっしゃると思います。このような器械の前に座って、緑色の光を見ていると、器械が応答して検査してくれます。この器械は、網膜の断面を見ることができます。視細胞の細かい構造がズラッと横に並んでいるのを、線として捉えることができます。

 最初の論文を見ますと、共同研究者にNASA(アメリカ航空宇宙局)と書いてあり、NASAの技術も反映された画期的な器械です。

 それまで眼科医は、黄斑部を撮影した眼底写真を、一生懸命見るだけしかできませんでした。それがコンピューターで網膜の断面を捉え、視細胞を見ることができるようになりました。視細胞が並んでいる先端には、色々な構造があり、色や明るさを感じる視物質がいっぱい詰まっています。

 特にこの器械が力を発揮するのは、加齢黄斑変性、黄斑上膜など黄斑の病気です。これによって患者さんが、まだ自分で認識できていない、自覚症状として出てこない病気の初期も捉えることができるようになりました。

 医者側からしますと、写真にはハッキリ病気が写っていますが、患者さんにとっては何も症状がないという状態が出現するようになったのです。写真で見ると明らかに異常があり、放って置くと悪くなるのは明らかですが、患者さんからすれば、「少ししか歪みがないのに、これで本当に病気なのですか」というお気持ちになるわけで、患者さんと密接な相談をしなければ、今後の治療が決められません。

 診断技術の進歩によって、病気が早期に捉えられるようになったため、患者さんに病気を理解して頂くことが、これまで以上に重要な意味を持つようになりました。

●治療技術の進歩
 最近、眼の中に器械を入れて手術する硝子体手術が進歩したと言われています。特に最近の器械は非常に細くなっています。注射の針の太さをゲージという単位で表すのですが、数字が大きくなればなるほど細くなっていきます。これは今まで長い間使っていた20ゲージという器械です。最近出たのは27ゲージで、20ゲージの半分ぐらいの太さしかありません。

 この器械を眼の中に入れるため「トロカール」という特殊な器具を立て、その中を通して手術器械を入れていきます。網膜剥離の手術では、眼の中に器械を3本入れます。これは手術が終わったところですが、器械が非常に細いので、抜いた後にほとんど赤みが無く、傷口もありません。

 患者さんにとっては充血もなく、快適な手術です。最近日本では、若い医師は20ゲージなどという器械は見たこともなく、27ゲージはまだ出たばかりですが、23、25ゲージという細い器械が主流になっています。

 細い器械による硝子体手術(Small Gauge Vitrectomy)は傷口を縫う必要がないため、糸で縫うことによって起る乱視や充血が少なくなり、眼の中がゴロゴロする異物感も少ないと言われています。このような効能が強く宣伝されて、網膜剥離は、硝子体手術でほとんどが治ると解説されています。

 20ゲージの硝子体手術や、硝子体手術以外の手術はすでに過去のものであって、今はやらないと書かれている教科書もあり、患者さんの書いているブログや、患者さん同志が意見を交換するサイトなどで、手術は全てこの細い器械の硝子体手術を受けるべきだと書いてあるところがあります。確かに細い器械による手術は、術後快適ですが、ただそれで何か新しいことができるようになったわけではないということに、注意する必要があります。

 今まで出来たことが、より繊細に出来るようになったのですが、今まで治らなかった網膜剥離が、この器械の登場によって治るようになったわけではないということを、頭の隅に置いておいて頂きたいと思います。患者さんが病院に来られて「私の眼は25ゲージでやってください」とか、「こういう手術のやりかたでやってください」など言われることが最近増えています。インターネットなどでご覧になったのだと思いますが、これはちょっと本末転倒かなと思います。

 例えば、接客業をやっていて、手術後早く仕事に復帰したいので、出来るだけ充血の少ない方法でやってもらえませんか、と言われればこちらは対応することができます。

 これは20ゲージの太い器械で手術した翌日の写真です。少し充血がありますが、止血をきちんとするとか、血管を丁寧に避けて手術をするとか、工夫することによって、充血を防ぐことは充分可能です。ですから新しい技術イコール何かの進歩ではありません。

 患者さんから色々な要望を出していただき、それに対して医師の側は、自分の持っている技術の全てを動員して答える、どうしても答えられないものもありますが、それでも全力で答えようとするというのが、実際の医療の現場です。

●未熟児網膜症の硝子体手術
 例えば、従来硝子体手術は、眼に三つの孔を開けて行いますが、これを一箇所に集中させるという方法を考えました。傷は一つだけで、照明も手術器械もそこから入れます。

 これは何のために作ったかと言いますと、未熟児網膜症を治療するためです。未熟児の硝子体手術をするときは、眼の外側に水が漏れると、体温が下がってしまい、非常に危険なことになります。

 そのため傷口を1個にして、できるだけ水が漏れないように注意します。孔がいくつもできますと、術後の管理が難しくなり、未熟児の眼の問題として、水晶体も濁りやすくなります。そこでこのような方法を考えました。世の中で言われているもの以外にも、様々な新しい技術が開発されています。
●テクニックとメカニック
 これは眼科医相手に話したことですが、技術とは何かということが、現代では混乱しているのではないかと思います。レオポルド・ゴドフスキーは、私の好きなピアニストで、戦前のポーランドにいた方です。ピアニストの中のピアニストと言われたくらい、すごい技巧を持っていたのですが、この人は技巧に当たるテクニックと、メカニックとを完全に区別していました。

 どういうことかと言いますと、若いピアニストは、いかに早く指を動かすか、いかに大きな音を出すかというようなことにこだわりますが、そういうことはメカニックであって、テクニックではない、テクニックとは、何か定まった目的があり、それに対して色々なことを総合して使うものだと言ったのです。

 手術であれば、小さな器械を使うとか、短い時間で終わらせるとかいうことは、私は手術手技と言っています。病気が一体どんなものなのか、患者さんが何を希望しているのか、考えた上で使われるのが技術です。例えば現在の硝子体手術では、患者さんが何も言わなければ「うつ伏せで一週間頑張ってください」と言われると思います。

 しかし現実には、腰の具合が悪いなど様々な事情で、うつ伏せができないという患者さんもいらっしゃいます。患者さんによっては、手術後右を下に横向きになることはできるけれど、左を下にはできないということもあります。患者さんの状態によっては、普通のやりかたでは手術ができないことがあり、それぞれの条件をふまえ、最良の治療ができるように、自分の知識と能力を駆使するのが、初めて技術になるということです。

●技術に求められること
 網膜剥離の手術をする人間にとって、角膜が透明であることは非常に大事です。ここから眼の奥を覗いて手術をしますので、角膜が白く濁ってしまうと、眼の中を見ることができません。大抵は「治療ができません」と言われるのですが、それでも方法はあります。

 外科などでは内視鏡の手術がよく行われますが、眼科でも内視鏡で眼の奥を見ながら、膜を取り、網膜をくっ付けて、レーザー光線を打つことができます。ただこれでは非常に繊細なものは無理なので、角膜を打ち抜いて、手術中に人工角膜に取り替えることを行います。これで眼の中がよく見えるようになりますので、かなり複雑な網膜剥離も治療することができます。

 この症例は、物を見るのに一番大事なところである黄斑のそばに薄い膜が張っていて、しかも近視が強い方なので、手術は困難なものでした。それでも丁寧に治すことができ、手術のあと角膜移植を完成させることで、手術前は0.01だった視力が、術後は0.2に改善され、自分で歩けるようになりました。このように患者さんの眼の状態に応じて、様々な方法を駆使するのが手術技術であると考えています。


 もう一つ、技術ということを考えるときにご紹介したいのが、大村益次郎です。司馬遼太郎の小説「花神」の主人公で、NHKの大河ドラマにもなりましたので、ご存知の方も多いと思います。大村は江戸時代末期の蘭学者で、緒方洪庵門下で医師として活躍していました。オランダ語に通じており、戦の仕方を考える兵学者、戦術家としても名前を残しています。この人はたいへん無愛想な人として有名で、例えば夏の暑いときに「先生、お暑いですね」と挨拶されても「夏は暑いのが当たり前です」と答えたという逸話が伝えられています。

 またこの人は自分のことを技術者と考えていて、宇和島藩で、動力船を作ったのですが、この船が動いたときに、宇和島藩の上役達は皆「動いた!動いた!」と大喜びしていたのに、一人憮然とした表情で、「動くように作ったのだから、動くのが当たり前だ、動かなかったら、それこそ大変だ」と怒っていたということです。

 要するに技術とは、それをきちんと用いると、当然の結果として、何かが起こるものであるということです。網膜剥離を治そうと思えば、きちんと考えて論理的な確からしさに基づいて実行し、網膜がくっ付いて、予想した眼の働きが残ってくる、これが医療技術として必要とされることだと思います。現実にはここまでうまくいかない場合もありますが、手術する側として常に目指している方向です。

 ところが世の中経済的なことが入ってきますと、議論されるべきものが、ここから取り残されていく状況が出てきます。
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