「網膜剥離治療の歴史と進歩」

ホーム お知らせ 友の会とは? Q&A 講演録 協力医訪問

2016年総会講演
「網膜剥離治療の歴史と進歩」

 大阪医科大学眼科教室 池田恒彦先生

 大阪医科大学の池田と申します。網膜剥離治療の歴史と実状のお話しをさせて頂きます。
●眼科で受ける検査にどういう意味があるか
 他の病気でもこういう検査は行われますが、主に網膜剥離の検査で、眼科医がどういうことをしているのか。
●膜剥離治療の歴史
 私は1981年卒業で、35年ぐらい経ちますが、その間大きく治療方法が変わってきました。その変遷を見て来た一人として、どのように変わってきたかというお話をさせて頂きます。

 網膜剥離の手術は強膜バックリング手術と硝子体手術の二本立てで、このどちらかで治すということですが、最近は硝子体手術がかなり進歩して、硝子体手術で治す割合が増えています。強膜バックル手術も無くなっているわけではありません。それぞれの利点欠点をお話ししたいと思います。
【網膜と網膜剥離について】
 眼球を輪切りにした断面図で説明すると、前から光が入ってきて、角膜と水晶体で光が屈折して、網膜は眼球の後ろを、お椀のように取り囲んでいます。カメラのフィルムに当たり、ここで光を感じて、信号を脳に送ります。

 前から光を入れて眼底を診るのですが、丸いのは視神経乳頭と言って、網膜の神経線維が集まって脳に繋がっている部分です。ここから血管が出てきて、網膜の各部位に栄養を運んでいます。視神経乳頭のすぐ横に、黄斑部という物を見る中心部分があります。ここは非常に大事で、ここが傷むと視力が大きく落ちることになります。

 視神経乳頭から出ている色が薄く細い血管は動脈で、血が出てきます。色が濃くて太い方が静脈で、血が戻っていきます。このように網膜の血管に血液が流れて、栄養を供給しています。
【網膜剥離という病気は】
 網膜に孔が開いて、そこから網膜が眼球の内側に向かって剥がれる病気です。人口5千から6千人に一人で、統計によって差はありますが、1万人に一人という統計もあります。近視の方ほど起こりやすいです。
【網膜剥離の自覚症状】
 @ 飛蚊症〜これは糸屑、蚊が飛んでいる。変な模様が見えるなど。
 A 光視症〜暗いところで、眼の中に光が走る。花火が光ったように感じる。
 B 視野欠損〜網膜が剥がれると、その部分が見えなくなり、視野が欠け、視界が狭くなります。
 
【網膜剥離がなぜ起きるか】
 眼の中の硝子体は寒天のようなゲル状組織で、成分はほとんどが水です。若い頃は均一なゼリー状ですが、年を経てくると溶けてきて水のようになってきます。ある時、水の部分とゼリー状の部分が二つに分かれます。これを後部硝子体剥離と言います。この時硝子体の後ろ側の面に、色々な混濁が残り、その影が網膜に映って、糸屑が飛ぶように見えるのが飛蚊症です。

 網膜剥離が起こってくるときに飛蚊症が強くなることが多いのですが、ただ網膜剥離の全ての方が感じるわけではなく、典型的な網膜剥離では感じるのですが、飛蚊症を感じなくても網膜剥離が起こることもあり、色々なタイプがあります。硝子体はコラーゲンで出来ていて、均一なものではなく、少し混濁しています。それが糸屑のように見えるというのが生理的飛蚊症です。

 網膜剥離のときに起こる飛蚊症は明らかに異常なものが見えると言う方が多いです。

 網膜を硝子体が引っ張って、網膜に孔を開けてしまうというのが網膜裂孔で、これが起こってから網膜剥離が起こります。硝子体が網膜を引っ張って裂け目ができたときには、網膜に一種の電気現象が起こって、暗闇でも眼の中で光がひかる光視症が起こるので、光視症は要注意です。

 この時期に眼科を受診すると、眼科医にとっては助かります。孔が開いただけで網膜は剥がれていないので、周りをレーザー光線で凝固して、周りに堤防を築くように網膜剥離が拡がらないようにする処置を行います。これで治れば手術をしなくて済みます。

 硝子体が溶けて水になっていますから、放っておくと孔のところから、水が回り込んで網膜が浮いてきて網膜剥離になります。網膜が剥がれると、網膜は白濁します。黄斑部まで剥がれると、視力はかなり落ちてしまいます。
●科医の検査
【視力検査】
 5m離れたところから輪(ランドルト環)がどちらを向いているかを言うのですが、一番上のところが見えれば0.1で、下に行くほど輪は小さくなって、一番下が見えれば2.Oということになります。横に5つ並んでいるので、3つ以上言えたら、そこが視力だと判断します。そして眼圧を測って眼科の診察室に行きます。
【眼科の診察室】
 眼の前面を見る眼科診療の大きな柱になる細隙灯顕微鏡の前に座って、検査を受けます。

 角膜、水晶体、瞳孔、虹彩を拡大して細かいところまで見ます。眼底を見ることは網膜剥離では大事なので、その時に使うのは倒像鏡という器械です。眼の前にレンズを充てて、器械から円形に光が出るので、レンズを通して眼の中に光を入れると、その反射光が写ります。レンズ全面に眼底(眼の奥)が写るので見ます。

 単眼倒像鏡は片眼で見ているので、立体的に見えないのですが、これが日本では広く普及しています。

 私は、双眼倒像鏡を愛用しています。頭に被ってレンズに写る眼底を見るのですが、プリズムが入っていて、右と左を分けて見えるので、眼底が立体的に見えるという優れた検査方法です。網膜剥離は内側に離れて剥がれるので、立体的に見えるほうが判定しやすいですが、全国的には単眼倒像鏡のほうが普及しています。
【OCT(光干渉断層計)】
 眼科の診断を一変させた画期的な器械です。Optical coherence tomographyと言うのですが、光のエコーを使って断面を見ます。網膜の真ん中の黄斑部だけ拡大してきれいにみることができます。

 網膜の厚みは200ミクロンで、1mmの1/5ぐらいの非常に薄い膜の中は、10層構造になっています。大まかな構造から層状の構造まではっきりわかる優れた検査で、短時間でできますので、患者さんに全く負担の無い有用な器械です。細かいところがわかり、網膜剥離で網膜が剥がれたところもわかり、薄い剥離のときや、黄斑剥離がわかるので非常に重宝します。

 例えば網膜が剥がれるだけでなく、網膜分離という網膜の中の層状の構造が乱れてしまうと、視力が出にくいのですが、これもはっきりわかります。
【超音波検査】
 網膜剥離で時々出血を起こすことがあります。網膜に孔が開いたところに偶然血管があって、血管も一緒に引っ張られて破れ、出血を起こすことがあります。そうなると眼の中の硝子体に血がいっぱい出て、眼底が見えないことがあります。そういう時には超音波検査で眼球を撮ると、硝子体出血で眼底が見えなくても網膜剥離があるかどうかがわかります。
【剥離の場所と法則】
 網膜剥離は孔が開いて網膜が剥がれてくるのですが、診断の時に法則があって、上が剥がれると、重力の影響で下に降りてくるので、進行が速いです。

 中高年の方に起こる網膜剥離は進行が早いことが多いですが、下のほうから剥がれてくるタイプは進行が遅いために気付きにくく、剥がれると視野の上の方が暗くなり見えなくなります。

 しかし色々なタイプがあって、ゆっくり進行して気が付かないで真ん中まできて初めて気が付く方もいます。対角線の方向が見えなくなります。

 上の視界を我々は普段使っていません。真ん中から下で物を見ているので、上が暗くなっても気が付かず、発見が遅れることがよくあるパターンです。
●膜剥離治療の歴史と術式
【光凝固】
 網膜剥離治療には古い歴史があります。1920〜30年にジュールス・ゴナン(スイス眼科医)が初めて網膜剥離を治したということです。網膜剥離の孔をキセノン(xenon)というレーザーと同じようなもので、初めて治療して、塞いだということで、ゴナン先生は我々網膜剥離を専門にしている医者にとっては、シンボルのような存在です。今でも世界的組織にゴナンクラブ(Club Jules Gonin)というのがあるのですが網膜剥離、網膜の手術をやっているドクターが世界中から集まって研究会を作っています。
【強膜バックリング手術】
 高齢まで活躍したスケペンス(Charles L Schepens)先生が強膜バックリング手術を考案して、初めて成功させました。強膜という眼の一番表層の皮に切開を入れて、窓を開くように強膜に半層弁を作って、ここにシリコンタイヤを埋没して、上から縫って内側に向かって眼球を窪ませ、向こう側にある網膜の孔を塞ぐという手術です。

 それから、強膜を切って中に入れて縫うというのは、非常に煩雑な手術なので、これを簡略にして、スポンジをダイレクトに眼球に縫い付けて、窪ませるというやりかたをリンコフが提唱しました。これがかなり広がって主流になっていました。今日本でもこのやりかたをやっている方もいます。

 スポンジを縫い付ける前に、孔のところに糊付けするため、冷凍凝固で網膜を凍らせる、或いはジアテルミーで焼いて炎症を起こさせてくっ付けて、その上にスポンジを縫うやりかたで治します。
【硝子体手術】
 その後、硝子体手術が出てきます。網膜がくしゃくしゃになっていると、強膜バックリング手術では治らないので、眼の内側から器械を入れて、眼の中の硝子体を取って、空気で伸ばすという硝子体手術をやります。

 ルバート・マカマー(Robert Machemer)が活躍して硝子体手術を世界中に広めました。この手術は、今まで治らなかった網膜剥離を、眼の内側から治していけるということで、成績が飛躍的に向上しました。

 私は以前、大阪大学の眼科にいた時に、私の手術の師匠田野保雄先生が、マカマー先生のところに留学しました。田野先生は近代的な硝子体手術を日本に導入したパイオニアです。私は田野先生の弟子の一人で、色々教えていただきました。今は大阪医療センターに変わったのですが、大阪の中央区にある国立大阪病院で、1985年から田野先生の教え子として、この手術をやってきました。

 当時は手術の器械は、今と比べて原始的な器械で、先端にギロチン式の物が付いている棒を、眼の中に突っ込み、硝子体を切っていきます。当時は器械の性能が悪く、うまく行かないことが多々ありましたが、今は洗練されて、確実に治療ができるようになりました。
NEXT  BACK


Copyright(C) 2001-2017 網膜剥離友の会 All rights reserved.