山本先生をお訪ねして

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「要(かなめ)町やまもと眼科」
山本禎子先生を訪ねて  大内秋子
     

 

   
 池袋駅から東京メトロ有楽町線・副都心線で1駅、要町駅2番出口を出て5分ほど歩いた所に「要町やまもと眼科」はある。

 歩道に面したガラスのドアを入るとすぐ受付があり、右側は白い壁に赤い椅子の明るい待合室。大型のモニターもあって、眼の病気や治療に関する映像が映されている。

 山本禎子先生は2004年に東邦大学佐倉医療センターから山形大学医学部に移られ、昨年11月に東京に戻ってクリニックを開業された。
 「山形大学ではとても充実した生活で楽しく過ごしておりました。両親が高齢になって、しばらく東京と山形を往復していたのですが、娘としてはどうしても一緒に暮して介護もしたいと思い、東京でクリニックを開院する決意をしました。」
 先生は、お母様に付添って大病院に行くようになって気がついたことがあるという。

 大きな病院が患者にとって、かなり辛い場所だということ。まず、受付を済ませてから診療まで長時間待つことに始まり、診察室から長い廊下を延々と歩いて検査室へ、また診察室へ戻って検査結果を聞き、薬を受け取って会計を終えるまで、ほとんど1日がかりで、「家に帰るとグッタリする程」だった。

 医師として働いていても、病院がここまで患者に負荷をかけているとは思っていなかったそうだ。

 そんな経験から、先生はクリニックの待合室を「明るくて、心地よい場所に」とデザイナーに依頼されたそうだ。診察室も基調のトーンは白と赤、白衣の先生が座る椅子もきれいな赤色。

 こちらも診察室にいるという緊張が少し軽減され、現在の心境を伺ったら、お返事は「網膜を診たい!」。

 山本禎子先生は、東京大学で学位を取得された後、東邦大学医療センター佐倉病院におられた時も眼底疾患の診療と研究をしておられ、当会から「糖尿病黄斑浮腫の病態と治療」の研究に支援費を贈呈したこともある。

 その後、山形大学でも眼底疾患を中心に研究、治療、教育をしてこられた。
しかし、開業されて間もないクリニックには網膜疾患の患者は滅多に訪れないから「網膜を診たい」という言葉に、思いがこもっていた。

 また、竹内忍先生のクリニックで竹内先生と協働で手術もしておられ、3月11日の大地震発生時も手術中だった。大揺れの時は中断したものの、患者さんも手術続行を望み、竹内先生は、揺れの合間に無事手術を終えられたそうだ。その後、東京の交通機関は完全にストップしたので、山本先生は浅草から要町まで深夜の街路を歩いて帰られたという。
 最後に、クリニックの役割についてうかがうと、「手術は設備の整った病院で行う必要がありますが、術後の検診やご相談は身近なクリニックの方が、患者さんにとっては負担が少ないのではないでしょうか」

 確かに、受診する度に殆ど1日かかる大病院に比べて、クリニックは患者にとっては時間も労力も軽減されるし、眼底疾患に詳しい開業医の先生なら、個別の話も聞きやすい。
 山本先生は糖尿病網膜症、網膜剥離、網膜静脈閉塞症、加齢黄斑変性などの眼底疾患の治療について経験豊富で、患者の眼底を診れば、病歴や手術歴が分かるので特に紹介状なども要らないそうだ。

 要(かなめ)町やまもと眼科

 住  所 :〒171-0043 東京都豊島区要町1-8-11
                   要町東洋ビル1F        
 電  話 :03-5926-3650
 診療時間:月〜木曜日、午前9時〜12時、午後2時〜6時
        土曜日、午前9時〜午後1時
 休診日  :金曜日と土曜日午後1時以後
 H P    :http://www.yamamoto-eye.jp
 
 

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